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大阪高等裁判所 平成元年(く)74号 決定 1989年9月22日

主文

本件即時抗告を棄却する。

理由

本件即時抗告の趣意は、抗告人代理人若松芳也作成の「抗告申立書」記載のとおりであるから、これを引用する。

論旨は、要するに、少年に対する非行事実なしの少年法二三条二項の決定は、これを憲法四〇条の「無罪の裁判を受けたとき」、刑事補償法一条の「刑事訴訟法による通常手続又は再審若しくは非常上告の手続において無罪の裁判を受けた者」及び刑事訴訟法一八八条の二の「無罪の判決が確定したとき」に含ましめるべきものと解すべきであり、そのように解さなければ、少年という社会的身分により成人と経済的に差別することになるから、抗告人の請求を棄却した原決定は、憲法一四条、四〇条、刑事補償法一条、刑事訴訟法一八八条の二に違反しており、取り消されるべきである、というのである。

よって、一件記録を調査するに、抗告人は、平成元年二月一五日逮捕され、同月一六日業務上過失傷害、道路交通法違反保護事件により観護措置決定を受け少年鑑別所に収容され、同月二一日観護措置が取り消されて釈放され、同年三月二三日、同月二七日、同月二八日にいずれも出頭の上、審判が開かれ、右二八日非行事実なしとして少年法二三条二項の決定を受けたことが明らかである。そこで、抗告人が右に関し刑事補償、費用補償を請求したところ、原決定は、刑事補償法一条、刑事訴訟法一八八条の二第一項には、少年法二三条二項の決定を受けた場合について規定しておらず、少年保護手続きが刑事手続きとは理念を異にしており、これらの規定の適用ないし準用をすることができないとしてこれを棄却した。そこで、検討するに、まず、非行事実なしとして少年法二三条二項による決定を受けた場合、刑事補償、費用補償について、刑事補償法一条、刑事訴訟法一八八条の二の各規定を適用ないし準用するという明示の規定は刑事補償法、刑事訴訟法、少年法にも他の法令にもない。そこで進んで、解釈上、右適用ないし準用ができるかどうかを考察するに、刑事補償及び費用補償についての要件として、刑事補償法一条一項は「刑事訴訟法による通常手続又は再審若しくは非常上告の手続において無罪の裁判を受けた者」と、刑事訴訟法一八八条の二第一項は「無罪の判決が確定したとき」とそれぞれ規定しており、ここにいう「無罪の裁判」又は「無罪の判決」とは、刑事手続によって、無罪の裁判を受けた場合をいうものと解される。少年法二三条二項の決定手続きを刑事手続きとみることができるかどうかを考えるに、少年保護手続きと刑事手続きとは、その目的、本質を異にしているものであって、そもそも刑事被告人に与えられる憲法三七条所定の諸権利が少年保護手続きにおいては認められていないこと、そして、少年二三条二項には「……保護処分に付することができず又はその必要がないと認められるときは、その旨の決定をしなければならない。」と規定しているが、決定書にその理由の記載は必要ではなく(少年審判規則二条四項)、事件を家庭裁判所に送致した検察官の不服申立てが制度上認められていないこと、同法二三条二項の決定について、理由を付さないときはいうまでもなく、本件のように、特に非行事実なしとの理由を付したときでも、いわゆる一事不再理の効力がないと解されていること、また、同法には刑事訴訟法に定める再審に当たる規定がないこと(少年法二七条の二の規定はそれには当たらない)等に照らすと、少年法第二章「少年の保護事件」に定める手続きは少年を保護処分に付するかどうか決定する手続きを定めたものであって、少年の犯した非行事実の存否を確定する手続きを定めたものではなく、従って、その手続きを刑事手続きないしそれに準じるものとみることはできないといわなければならない。してみると、少年法が刑事訴訟法の特別法である旨の所論を併せ考えても、非行事実なしの少年法二三条二項の決定は、前示「無罪の裁判」、「無罪の判決」に含まれると解することはできない。そうすると、非行事実なしとして少年法二三条二項の決定を受けた者が抑留拘禁されていた場合であっても、これを刑事補償法一条、刑事訴訟法一八八条の二にいう「無罪の裁判」又は「無罪の判決」に含めて解することはもちろん、これらの規定を準用する余地もないといわなければならない。憲法四〇条は「無罪の裁判を受けたとき……補償を求めることができる。」と規定しているが、ここにいう「無罪の裁判」も刑事補償法、刑事訴訟法にいう前示「無罪の裁判」「無罪の判決」と同義であると解すべきであるから、本条は刑事手続きによって無罪になった場合についての権利を定めた規定であって、非行事実なしとして少年法二三条二項の決定を受けた場合についてまで補償することを規定しているとはいえない(法廷等の秩序維持に関する法律第八条が補償制度を定めるのも、憲法上の権利を法制化したものではない。)。もっとも、少年が逮捕、観護措置決定により拘束された後、非行事実なしとして(とりわけ人違いによって)少年法二三条二項の決定を受けた場合の補償については将来検討する余地がないわけでもないが、その故をもって憲法四〇条違反とはならないものである。

なお、所論は憲法一四条違反を主張するが、そもそも、少年と成人という、年令による区分は社会的身分に当たらないというべきであり、少年が起訴され刑事手続きにおいて無罪の判決を受けた場合には、成人との区別なく補償されるのであるから、憲法一四条にも違反しないことは明らかである。

以上検討したとおり、抗告人のした刑事補償請求及び費用補償請求を棄却した原決定は相当であって、所論主張の憲法、刑事補償法、刑事訴訟法の解釈適用に誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。

よって、刑事訴訟法四二六条一項を適用して、主文のとおり決定する。

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